高気圧と低気圧の名称


西洋語圏には、昔から大きな被害を出した気象現象に地名などにちなんだ名前を付ける習慣がありました。そのうちのいくつかについては、ドイツ語版 Wikipedia の Namensvergabe für Wetterereignisse 「気象上の事件への名付け」のページや、 Liste von Wetterereignissen in Europa 「ヨーロッパにおける気象上の事件のリスト」のページから辿ることができます。例えば17世紀には Thüringer Sintflut (f.) 「チューリンゲンの洪水」 (29/30. Mai 1613) などがあったことが分かります。低気圧に西洋語系の人名を付ける習慣は第二次世界大戦中のアメリカで始まり、当時太平洋で発生していた複数の台風を女性名で呼び分けたのが最初とされています。ドイツでは、ベルリン自由大学気象研究所 Institut für Meteorologie der Freien Universität Berlin が1954年以来、自国の天候に影響を及ぼす可能性のある高低気圧に対して人名由来の名称を付加する役目を担っており、ドイツ国内のマスコミはその名称を使用して気象情報を発信しています。


国内の気象に影響のありそうな高低気圧が発生すると、気象研究所は予め用意されている候補名リストから順番に名前を「付ける」 (vergeben) わけですが、その「名付け」は名詞では Namensvergabe (f. -/-n 主に単数で) もしくは Namensvergebung (f. -/en 主に単数で) などと言われます。(どちらの形も可能です。間に -s- を入れない形もあるようです。)動詞 taufen もしばしば用いられますが、これは本来は人に「洗礼を施す」「洗礼名を与える」という意味です。すでに名付けられた高低気圧が複数に分裂した場合、もとの名前の後に順番にローマ数字が割り振られます。(ちなみにドイツでは、高低気圧の名称は天気図上では常に大文字で表記されます。)


なお、アゾレス海域の高気圧とアイスランド付近の低気圧は、それぞれその場に定常的に存在し続ける息の長い気圧系であり、ドイツ語では Aktionszentrum (n. -s/-zentren) (字義:活動の中心地)と呼ばれていますが、これらはドイツでは国内に影響を及ぼす可能性がある場合に限って名前を付けているようです。普段はそれぞれ Azorenhoch (n.) 「アゾレス高気圧」、 Islandtief (n.) 「アイスランド低気圧」と、人名でなく地域名称で呼ばれています。ついでながら、ヨーロッパ以外の Aktionszentrum の例としては、例えば Aleutentief (n.) 「アリューシャン低気圧(読み:アレウーテンティーフ)」などがよくとりあげられます。


当初は高気圧に男性名を、低気圧に女性名を付けていたのですが、1998年以来、男女同権に配慮して年ごとに男性名と女性名を入れ替えるようになりました(西暦で偶数年は高気圧:男性名/低気圧:女性名。奇数年はその逆)。ただし大西洋のハリケーンについては、発生した時に合衆国フロリダ州マイアミの国立ハリケーンセンター National Hurricane Center, NHC から命名された名称を優先し、 NHC がその名前を使って警報などを出し続けている間はドイツでもその名称を使用しています。温帯低気圧化してからは、おそらくケースバイケースなのだとは思いますが、メディア上ではハリケーンだった時の名前に Ex- を付加した名称が使われているようです。


また、2002年からは上記の気象研究所の主導によって Wetterpatenschaft (f. -/-en) という、名付け親制度というか、ネーミングライツのような制度が始まっていて、入札によって高気圧もしくは低気圧に自分の望む名称(ただしいくつかの制限あり)を、一つだけ付けられるようになっています。命名者 Wetterpate (m. -n/-n) の支払い額は高気圧と低気圧とで異なり、高気圧の方が寿命が長く発生数も少ないため高額に設定されています。入金されたお金は気象研究所があるベルリン自由大学の学生による気象観測などのために役立てられるのだとか。これまでに命名者になった人の中には日本人もいるそうです(詳細についてはベルリン自由大学気象研究所の Aktion Wetterpate のページを参照のこと)。


なお、このように気圧システムに名前を付ける習慣を持つ国はドイツ以外にもあるため、広域に被害を及ぼした低気圧などは、同じものでも国によって異なる名称で呼ばれていることが往々にしてあります。混乱を避けるため、ヨーロッパでは、広域に影響を及ぼす可能性のある低気圧については、統一した呼び名を付ける試みも始まっているようです。詳細はドイツ気象局 Deutscher Wetterdienst の2021年の10月25日の気象ブログ Schritte aus der Konfusion 「混乱からの前進」のページを参照してみてください。下の方に掲載されている天気図に、int: の文字で始まる低気圧名が黒字で書き込まれているのがわかると思います。(名称も最初だけ大文字にすることによって区別をつけているようです。)まだ実験的な試みの段階のようですが、今後が注目されます。

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