Regen 「雨」、 regnen 「雨が降る」、 regnerisch 「ぐずついた」


雨および降雨現象にまつわる語形、構文等は実に多彩ですが、以下では Regen (m. -s/-) 「雨」およびその派生語の中からいくつかを選んで紹介してみたいと思います。


名詞 Regen 「雨」、動詞 regnen 「雨が降る」

まず、「雨」を表す最も一般的な名詞は Regen (m.) です(英語の rain に相当)。動詞形 regnen 「雨が降る」「雨あられのように降り注ぐ」もこの Regen を動詞化したものです。


この動詞 regnen は、主に非人称動詞として es regnet. 「雨が降る」(英語の it rains. に相当)の形で用いられますが、非人称主語の es を伴ったままで対格名詞を支配して他動詞的に用いられたり、さらには主格名詞を主語において人称動詞的に用いられることもあるようです。


これにさらに前綴りを付加することによって様々な派生動詞が作られます。例えば動詞 sichAkk ab|regnen 「雨として降り尽くす」、etwAkk beregnen 「全体に水を雨のように降らせる」「灌水する」、 verregnen 「雨で台無しになる」およびその分詞形 verregnet 「雨に降られた」「雨で台無しになった」などです。派生形容詞としては、 regnerisch (adj.) 「ひんぱんに雨の降る」「ぐずついた」のほか、 regenarm (adj.) 「雨量が少ない」、 regenreich (adj.) 「雨量が多い」等々、多くの派生語、複合語があります。


これら Regen, regnen の派生語、およびこれら以外の語句による雨の表現については、また別のページで改めて取り上げることにして、以下ではとある形容詞について少しばかり論じてみたいと思います。


形容詞 regnerisch 「ぐずついた」

形容詞 regnerisch は、雨が降りがちでぐずついている空の状態を指す言葉です。小学館『独和大辞典』コンパクト版 (1985, 1990) にも、雨がちの、よく雨の降る;雨の降りそうな、雨模様のという訳が付されています (p.1764) 。ここで注目したいのは、訳語の最後に「雨模様(あまもよう)の」という語句が使用されていることです。この「雨模様(あまもよう)」という日本語の名詞は、語源的には「あまもよい(雨催い)」「あまもやひ(雨催ひ)」に由来し、本来はどんよりと曇って、雨の降り出しそうな空のようす (『大辞林』 (1988) p.68 )を表すことばです。そのため独和大辞典の上記の語釈では、セミコロンで区切られた左側(雨がちの、よく雨の降る)が実際に雨が降っている空の状態を、右側(雨の降りそうな、雨模様の)が降雨現象が起こる直前のどんよりとした空の様子を、それぞれ表していることになります。言い換えれば、独和大辞典の編者は、この語に降雨の「最中の状態」と「直前の状態」という2つの意味を認めていることになります。実は同様の解釈は、以下で見るようにドイツ語のオンライン辞書でも確認することができます。


(余談ですが、独和大辞典とほぼ同時期に出版された三省堂『大辞林』第1版では、日本語の「雨模様(あまもよう)」の欄には、上で引用したように「雨の降り出しそうな空のようす」という意味しか載っていません。今日あるような「雨が降ってぐずついた」という意味が認められるようになったのは比較的最近のことのようです。詳しくは NHK 放送文化研究所「『雨模様になる』は正しい?」の記事も参照のこと。)


閑話休題。ドイツ語のオンライン辞書サイトで regnerisch を調べると、 DWDS では "zu Regen neigend, mit häufigen Regenfällen" 「雨天が優勢な(字義:雨に傾きがちな、雨傾向の)、ひんぱんな降雨を伴う」、 Duden Wörterbuch では "so geartet, dass immer wieder Regen fällt; zu Regen neigend; grau und von Regenwolken verhangen" 「雨が絶えず降ったり止んだりを繰り返すような様子で;雨天が優勢な;どんよりとして雨雲に覆われた」という語釈が掲載されています。 DWDS の方でははっきりしませんが、少なくとも後者の Duden の方の解釈に従えば、「空が雨雲に覆われて今にも雨が降り出しそうな(でもまだ降ってはいない)状態」の時にも使用可能な語だと言えるかもしれません。


regnerisch の語構造

ところで、語形についてなのですが、この regnerisch という語の中程には、赤色で示したように -er- という形態素が入っています。この -er- がどこから来たのか、地味に気になっています。辞書サイトで調べると、例えば DWDS の語源欄では、この語に関連する語形として中高ドイツ語 regenic や初期新高ドイツ語 regnicht, regnig など、間に r の文字を挟まない形があげられているのみで、この -er- 要素については説明がありません。これらのうち regenicregnig は、どちらも「雨」を表す語に形容詞語尾を直接付加したもので、ちょうど英語の rain-y に相当する語構造をしています。ただ、これに対応する現代語形は、少なくとも現代の標準ドイツ語には見当たらないようです。


面白いのは各国語版の Wiktionary ( wiki というシステムを用いた、誰でも編集に参加できる辞書サイト)の記述で、英語版のページでは Regen (雨) + -isch (派生語形成語尾)という形で語源が提示され、 -er- 要素がいわば無視されているのに対し、ドイツ語版のページでは、それに加えて regnerisch という新語が上記の中高ドイツ語以来の古形を駆逐した、という趣旨の説明が見られます。その一方で、フランス語版スペイン語版などロマンス系言語のページでは、語源欄は Regner + -isch となっています(上記ページはどれも2021年12月10日閲覧)。 Regner (m. -s/-) は、「雨を降らすもの」(動詞 regnen + 人・道具を表す語尾 -er )の意味で、現代では芝生や農場などで使用されている「散水器」「スプリンクラー」を指します。英語及びドイツ語の辞書サイトがこの語源説を採用していない理由は、おそらく Regner がまだ歴史の浅い語とみなされており、 regnerisch という語が文献に登場する17世紀とは時代が合わないことに加え、この regnerisch という語が表す天候の状態が、スプリンクラーによる農場での灌水の様子とイメージ的にも合わないことによるのではないかと考えられます。(スプリンクラーは天気に関係なく晴天でも使用でき、水の撒き方も一定で不規則に降ったり止んだりしない、降る前のどんよりした状態を表す例えとしても不適切、等々。)


というわけで、この -er- 要素の正体については、これまで調べた限りでは残念ながら不明です。なのでこれについては今後も継続して調査していくとして、ここではとりあえずこの語について今まで見てきた上での、筆者の個人的な考えを以下にメモしておこうと思います。


私案:「水を撒くじょうろのような」?

まず、この語は一見すると確かに Regner + -isch という語構造をしています。この Regner (m. -s/-) という語は、上で見たとおり現代ドイツ語では芝生や農場などで用いられる「散水器」「スプリンクラー」を意味する技術用語なため、 regnerisch という語が成立した17世紀とは、時代が合っていないように思えます。しかし、仮にこの時代(17世紀)にも Regner という語があって、しかも現代とは全く異なった意味を持っていたとしたらどうでしょうか。


以下は完全に私の想像、というより妄想なのですが、私はこの語が今でいう Gießkanne (f. -/-n) 「じょうろ」かそれに類する水撒き用の器具の意味で、当時から既に存在していたのではないかと勝手に想像しています。じょうろは水をいっぱいに貯めておける器具ですが、傾けない限り中の水は撒かれることはありません。傾ければ水を撒くことは出来ますが、その撒き方は一様ではなく局所的で、しかもじょうろを向ける方向に応じて水が撒かれる場所は絶えず不規則に変化します。それぞれの場所では、じょうろの先が向けられるたびに水が降ったり止んだりを繰り返すことになるわけです。大量の水分を含んだ雨雲が全天を覆っていて、今にも雨が降り出しそうな空の様子、もしくは降る場所が頻繁に変わって降ったり止んだりを繰り返している空の様子を、巨大なじょうろが大地に水を撒いている様に例えたことが regner-isch という語形成のきっかけになった、と考えるのは穿ちすぎでしょうか。つまり、「じょうろのように大量の水分を含んだ雲が上空にあるすぐれない(天候)」、「じょうろで撒かれる水のように雨が頻繁に降ったり止んだりを繰り返す、ぐずついた(天候)」が regnerisch という語の原義だったのではないか、という想像です。ちなみに DWDS のサイトによれば、この Gießkanne 「じょうろ」という語は16世紀の文献には既に見られるようですので、少なくとも regnerisch という語が文献に現れるようになる17世紀には、道具としての「じょうろ」が既に存在していたことは確実なようです(形状は今とはかなり異なっていたでしょうが…)。


もちろん Regner という語を実際に「じょうろ」の意味で使用した昔の記録が見つからない限り、これは証明も反証も出来ない、仮説というよりは単なる個人的推測の域を出ない素人考えであることは言うまでもないのですが、ただ、それでもとりあえず可能性としてここで指摘しておくぐらいは許されるのではないかと思い、素人考えなのを承知の上であえてここに書き留める次第です。現代語でも、どこかの方言にこの意味での Regner が残っていれば、面白い研究のきっかけになると思うのですが…ドイツ語の文献学・方言学に詳しい方のご教示を乞いたいところです。


追記:
小学館『独和大辞典』コンパクト版 (1985,1990) でたまたま Kanne (f. -/-n) 「ポット」という語を引いていたら、「1a(湯茶などの)ポット」の項目の解説文中に "Es gießt wie aus (mit) Kannen." 《俗》「雨がどしゃ降りだ。」という例文があるのを見つけました (p.1169) 。これは直訳すると、「ポットから(ポットで)注ぎ出しているかのように(雨が)降り注いでいる。」くらいの意味になります。


es gießt は 「(雨が)降り注ぐ」という意味の非人称構文、 wie は「〜かのように」の意味の接続詞、 aus は大体英語の from もしくは out ofmit は英語の with にそれぞれ相当する前置詞です。(文中では ausmit のどちらか一方を使います。)また Kannen (f.pl.) は、言うまでもなく上で取りあげた Gießkanne (f. -/-n) 「じょうろ」(字義:「注ぎのポット」)の後半部分の Kanne (f. -/-n) と同じものです。]


上の方で regnerisch の原義を、「巨大なじょうろが撒く水のように雨が降ったり止んだりしてぐずついている様子」ととらえる私説を紹介しましたが、この例文も、同様に「雨がポットの水のように空から注がれる」というイメージに基づいて成立している表現ということになります。上記の私の仮説を間接的に補強する状況証拠、くらいにはなっているような気もするのですが…どうでしょうか。(「追記:」以降は2021年12月16日加筆)

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