雹害対策 Hagelabwehr
今回は降雹による損害を防ぐための様々な対策について取り上げてみようと思います。
なお、今回はいつもよりドイツ語版 Wikipedia や オンライン辞書サイト www.dwds.de などネット情報の参照リンクが多めです。読んでいただければ分かると思いますが、自分で書いてても、どういうことなのかよー分からん、となった部分が今回とても多かったので…興味を持たれた方は、「wikipedia」や「dwds」と書かれたリンクからいろいろたどってご自分で調べてみてください…
雹害 Hagelschaden
雹は氷の塊です。大きいほど重量も重くなり、上昇気流によるブレーキも効きにくくなるため、その分落下スピードも速くなります。衝突した際のエネルギーもその分大きくなります。 激しい降雹 Hagelschlag (m. -es(-s)/-schläge) が生じると、道路などのインフラや建物、自動車などの損傷だけでなく、植物や動物、時には人も怪我を負い、場合によっては死者が出ることもあります。
衝突による破損という物理的な雹害だけでなく、雹が降り積もることによって野菜が凍害にさらされるという形での雹害ももちろんあり得ます。
ぶどうの房 Traube (Weintraube) (f. -/-n) に雹が当たって傷がつくと、そこにカビの菌が繁殖することがあるらしいです。ワインの材料にそのような粒が混じると、ワインの味覚にわずかな雑味が生じるとのことで、その雑味を表現する Hagelgeschmack (m. -(e)s/-geschmäcke) という言葉があります (dwds: Hagelgeschmack) 。通常、果皮の表面には雑菌の繁殖を抑えるために薬剤の散布が行われますが、雹の衝突により房が裂けて中身が空気に曝露してしまうと、ある種の菌(青カビやコウジカビ等々)の繁殖を招いてしまうようです。なお、この語自体は紙の辞書には見当たらない単語ですが、ワイン醸造の業界用語なのでしょうか…
雹害保険 Hagelversicherung
ドイツでは昔から雹害に対する保険制度 Hagelversicherung (f. -/en) が発達していました。車や建物、畑の農作物や庭園の草木などさまざまなものに対する雹害保険があります (wikipedia: Hagelversicherung) 。
雹でへこんだり傷ついたりした自動車の修理費用は補償の対象になります。ただし加入が義務付けられている自賠責保険 Kfz-Haftpflichtversicherung だけでは不十分で、事前に任意保険である車両保険 Kaskoversicherung に加入しておく必要があります (wikipedia: Kaskoversicherung) 。これには部分車両保険 Teilkaskoversicherung と総合車両保険 Vollkaskoversicherung の二種類があって、どちらでも最初に決めておいた免責額(自己負担分)以上の額については雹害による修理費用は補償の対象になるようです。なお、 Kaskoversicherung の日本語訳は「車両保険」もしくは「車体保険」と覚えておけばいいみたいですが、 Teilkaskoversicherung および Vollkaskoversicherung の各用語については、とりあえずの仮訳です。(後者は前者よりも補償の範囲が若干広くなるとのことですが、当ブログ筆者は自動車の免許は持っておらず保険についても全く理解がないため、正直よー分からんです…)
[余談ですが、 Kasko は元々は外来語で「船体」「車体」を意味し、スペイン語 casco に由来するとのことです。口語では後ろの -versicherung (f. -/-en) 無しで Kasko 単独でも「車両保険」の意味で使えるようです。実際ネット辞書 の説明を見ても (dwds: Kasko) 、「船体」「車体」の意味の時は男性もしくは中性扱い (m.n. -(s)/-s) なのに対し、口語で「車両保険」の意味で用いられる時は女性扱い (f. -/-s) になるようです。一方、自賠責保険 Kfz-Haftpflichtversicherung の最初の Kfz- は、 Kraftfahrzeug (n. -(e)s/-e) の略語です。動力で動く乗り物、くらいの意味で、レール Schiene (f. -/-n) の上以外の道路を移動し、モーターやエンジンを推進力とするものを指す用語です (wikipedia: Kraftfahrzeug) 。よく使われる Auto (n. -s/-s) 「自動車」や Personenkraftwagen (m. -s/-) 「乗用車」(略称 Pkw, m, -/-, まれに -s/-s)は基本的には四輪車ですが、 Kraftfahrzeug はそれ以外にもオートバイ Motorrad (n. -es(-s)/-räder) や電動アシスト自転車(Pedelec (n. -/-s もしくは -s/-s) あるいは E-bike (n. -s/-s))などの二輪車、フォークリフト Gabelstapler (m. -s/-) なども含まれます。ケッテンクラート Kettenkrad (n. -(e)s/-kräder, Kettenkraftrad の短縮語) や戦車 Panzer (m. -s/-) なども当然 Kraftfahrzeug です。]
雹害対策 Hagelabwehr
雹害対策 Hagelabwehr (f. -/-) としては、完全に受動的なものから能動的なものまで様々な対策が何世紀も前から取られてきました (wikipedia: Hagelabwehr) 。実際ヨーロッパでは、昔から降雹による被害 Hagelschaden (m. -s/-schäden) をいかに防ぐかはとても大きな問題だったようです。以下、受動的なものから能動的なものまで段階的にあげていこうと思います。
最も受動的でありつつ、それでいて非常に有効な対策としては、降ってくる雹が作物などに当たらないように防御するためのネット Hagelschutznetz (n. -es/-e) を張ることがあげられます。ただ、狭い範囲であればともかく、広範囲の場合は設置の手間も費用も当然かかりますし、常に張っておく場合は、紫外線への耐性の高いものを選ぶ必要があります。ネットを張ることによって日光もある程度は減衰しますので、作物の場合は収穫時期が遅れたりなどの影響についても考えておく必要があるでしょう。
宗教的対策
歴史に目をやると、まずカトリック教会においては、畑を祝福し、悪天からの加護と良い収穫を祈り求める Wettersegen (m. -s/-) と呼ばれる儀式が行われていたようです (wikipedia: Wettersegen) 。祈祷のために野原を練り歩く行列 Bittprozession (f. -/-en) が組まれることもありました (wikipedia: Bittprozession) 。このうち特に雹害除けを祈祷するために組まれる行列は Hagelprozession (f. -/-en) と呼ばれます (wikipedia: Hagelprozession) 。これらは地方によっては現代でも行われることがあるようです。雹害からの加護を祈り求めるこれらの儀式のことを Hagelfeier (f. -/-n) と呼ぶことがあります (dwds: Hagelfeier) 。
ミサなどの際に雹よけのための祈祷文が読み上げられることもあったようで、ドイツ語圏で最古のものとしては羊皮紙に書かれた12世紀の祈祷文 Seckauer Hagelbeschwörung が残っています( wikipedia: Seckauer Hagelbeschwörung のリンクから全文が読めます)。 Seckau 「ゼッカウ」は現在のオーストリアの村の名前ですので、12世紀という時代を考えると、書かれている言語は中高ドイツ語 Mittelhochdeutsch ではないかと想像されます。(ドイツ語版 Wikipedia ではなぜか古高ドイツ語 Althochdeutsch のカテゴリーに入れられていますが…)リンク先の説明によれば、羊皮紙のオモテにはラテン語の祈祷文が書かれており、雹除けの祈祷文は補強のために裏紙として貼りつけられていたようです。永年の摩耗で詠み辛くなっており、近代以降に化学的な手法を駆使しながら解読されました。作者は不明とのことです。
降雹をはじめとする悪天の害から守られるよう祈る意味合いから、野のまん中や山の尾根に十字架が立てられることもありました。これは Wetterkreuz (n. -es/-e) もしくは Hagelkreuz と呼ばれています (wikipedia: Wetterkreuz) 。教会を建ててその上に十字架が設置されたこともあったようです。
同様の目的で教会の鐘を打ち鳴らすことを Wetterläuten (n. -s/-) といいます。鐘をつけば音の届く範囲から悪天を遠ざけ、落雷を防ぐと信じられていたようですが、これには同時に悪天に対する警戒を周囲に促す意味もあったようです (wikipedia: Wetterläuten) 。このように音を発する風習は、近代になってからは Wetterschießen (n. -s/-) へと形を変えて残り続けることになります。
Wetterschießen
悪天をもたらす雲に向けて物体を打ち込む行為は Wetterschießen (n. -s/-) と呼ばれています。中世には、降雹などの悪天は悪魔や悪霊等々の仕業と考えられていたそうで、悪霊退散の意味も込めて、矢とか銃弾が雷雲へ向けて発射されていました (wikipedia: Wetterschießen) 。時には花火が使われることもあったようです。最初は雲の中の悪霊的なものを射落とす意味合いが強かったようですが、そのうち大砲の発射や花火の打ち上げにともなう爆発音に悪霊を退ける効果があると考えられるようになりました。上述のような教会の鐘を鳴らす習慣にも同様の意味合いがあったようです。気球をあげて、それを爆発させる、なんていう実験が行われたこともありました。
[日本では、昔は雷神信仰や雨乞いのための神社が全国各地に建立されていました。(日本気象学会誌『天気』にも「雷撃密度とレーダ雨量の分布から見た北関東における雷神社の分布の特徴」という記事がありました。ご参考まで。)日本では自然を司る神へ災害からの加護を祈ったり、豊作を感謝したり雨乞いをしたりという側面が大きかったようですが、西洋ではそれに加えて原因となる悪霊を退治しようとする攻撃的な意味合いも強かったことになります。それにしても雷雲へ向けて武器をぶっ放すとか、西洋の人たちはなかなかにアグレッシブだったようです。ていうか結構うるさかったのでは…飛んできた物体でケガをした人がいなかったかも心配になります。大砲については、さすがに実弾を発射したりはしていなかったと思いますが…]
このように雷雲へ向けて物体を発射したり音を鳴らしたりする行為は、一時は禁止令も出されるほど盛んに行われていたようです。近代になると、禁止令に対抗するかのように、雷雲へ向けて音を発する行為には科学的な根拠があるのだという主張が見られはじめ、 Hagelkanone (f. -/-n) 「雹砲(ヘイルキャノン)」という、大きな開口部をくっつけたスリムな大砲のようなものが作られるようになりました。基部で薬剤を爆発させ、その上部にくっつけた細長い円錐状の開口部から衝撃波を雷雲へ向けて発射します (wikipedia: Hagelkanone) 。ネット上で Hagelkanone (独)、 hail cannon (英)もしくは canon anti-grêle (仏)などで画像検索をかけるとたくさんの画像を見ることができます。もっとも、この仕掛けにより雷雲が逸れたり降雹が減ったりすると主張されてはいたものの、実際には効果は無かったようです。そもそも雹が降る時には、大砲の発射音よりもはるかに大きな雷の音が鳴っているのに、そのせいで雹の量が減ることはありませんから…
雲の種蒔き Wolkenimpfung
しかしながら、今度はロケット Rakete (f. -/-n) (Wetterrakete もしくは Hagelrakete) を用いて、雲の中に雲粒の成長を促す物質をばらまくことが行われるようになりました (wikipedia: Hagelraketen und Hagelschießen) 。飛行機 Hagelflugzeug (n. -(e)s/-e) から散布したり ( wikipedia: Hagelflugzeug) 、地上で煙を焚くという方法が採られることもあります。これらの行為は「雲の種蒔き」 Wolkenimpfung (f. -/-en) と呼ばれています (wikipedia: Wolkenimpfung) 。日本では英語の「クラウドシーディング (cloud-seeding) 」の方が通りがいいかも知れません (en.wikipedia: cloud-seeding) 。
種蒔きのために、当初は飛行機などからドライアイス Trockeneis (n. -es/ ) などが撒かれていましたが、やがてヨウ化銀 Silberiodid (n. -(e)s/-e) や液体二酸化炭素などをはじめ様々な物質が用いられるようになっていきます。ヨウ化銀については、地上から焚き上げるようにして散布する方法も農家の間では一般化しました。その原理は基本的には人工降雨と同じで、雨粒へと成長するもとになる氷晶核の数を増やします。ドライアイスや液体二酸化炭素は撒かれた周囲の気温を下げることにより、雲粒の凍結を促し氷晶核の数を増やそうとするものですが、ヨウ化銀はそれ自体が氷晶のかわりとなって周囲の水蒸気を取り込んでいきます。氷晶核の数が増えれば、それだけ多くの核が水蒸気を奪い合うことになるため、一つ一つの雹粒の大きさは小さくなって、最終的に雹害の減少につながるという考え方です。雹の粒が小さくなれば、途中で溶けて雨になる確率もそれだけ上がりますから。
ドライアイスは飛行機から散布されて落下する際、まわりの空気を冷やして雲粒の凍結を促しますが、そこへ水蒸気が凝華する時に潜熱が放出されますので、発生した氷晶核は逆に上空へと押し上げられてしまいます。そのため液体二酸化炭素法では、雲の下層に散布することによって雲中での滞留時間を稼いでいるようです。(もっとも、ドイツでの個体・液体の二酸化炭素の散布実績についてのデータは、あるのかもしれませんが、試しにちょっとだけ調べてみた限りでは見当たりませんでした。もしかして温室効果ガスを散布するなんてとんでもない、という主旨の反対意見でもあったりするのでしょうか…)
一方ヨウ化銀は氷晶と同様それ自体が凝華の核として作用しますが、毒性を持つため、環境への悪影響が懸念されている物質でもあります。試験的散布などにおけるような少量使用ならば大きな害はない、という意見もありますが、大量散布では有害成分が土壌や生物の体内へと蓄積され環境汚染を引き起こしますので、どちらにしても使用には慎重であるべきと考えます。残留物質の毒性による環境への負荷は二酸化炭素よりもはるかに深刻であるように思えるのですが、そこらへんは西洋人(そして中国人)はどのように考えているのでしょうか。
(なお、海外のクラウドシーディングについては、少し古いですが「降ひょう抑制とひょう研究の現状」という記事が日本気象学会誌『天気』に載っていました。ご参考まで。)
宮沢賢治『雹雲砲手』
ところで、ここでちょっと話題を変えて、日本の詩人、宮沢賢治の話をしてみようと思います。宮沢賢治はみなさんご存知のとおり岩手県出身で、創作活動のかたわら後年は農業指導者としても積極的に活動した明治時代から昭和時代初期にかけての作家・詩人です。その宮沢賢治の書いた短編詩の中に、少し上の方でとりあげた「ヘイルキャノン」(らしきもの?)について触れたものがあるのはご存知でしょうか。とても短い詩なので、以下にその全文をあげてみようと思います。引用は青空文庫からです。
雹雲砲手
宮沢賢治
なべて葡萄に花さきて
蜂のふるひのせはしきに
をちこち青き銅液の
噴霧にひるは来りけり
にはかに風のうち死して
あたりいよよにまばゆきを
見ずやかしこの青きそら
友よいざ射て雹の雲
「文語詩未定稿」より(引用は青空文庫より)
『雹雲砲手』は「はくうんほうしゅ」と読みます。ここでの「雹」の読みは「ひょう」ではなく音読みの「はく」です。季節はぶどうの花の咲く時期ですから5月頃でしょうか。花が咲き蜂が飛ぶ時期に「青き銅液」つまり農薬を散布していることが分かります。蜂が活動しているそばでボルドー液とか大丈夫なのか、というのは気になりますが、ここでは置いておきます。昼になり、風が凪いだのでふと空を見上げると、周囲はまばゆさを増しています。普通青空自体は、太陽を目に入れない限りあまりまぶしくはないものですが、ここであたりがまぶしくなるのは、白く輝く入道雲が接近しているからではないでしょうか。5月といえば季節は初夏であり、上空の寒気と地上との温度差によって大気が不安定化し入道雲が発達しやすくなる時期にあたります。
[ここでクソほどどうでもいい私自身の話をしますが、私個人は、青空は太陽を目に入れない限りまぶしくは感じませんが、そのかわり真っ白な綿雲が大量に輝いている空は、まばゆすぎてとてもじゃありませんがまともに目が開けません。白く輝く雲はとても目に悪いと思います。同様に夜中の自動販売機も、自転車を漕いでいる最中にうっかり目に入れてしまうと、しばらくは目がくらんで前へ進めなくなります。同じ理由で、道の狭い住宅地で、平気でハイビーム走行をしている車には殺意を覚えます。ハイビームを推奨する町内会の掲示も、剥がしてやりたい衝動に何度かられたことか…(しませんけど。)その一方で、雲のない青空ならば何も問題はないかというと、こっちはこっちで空一面にイトミミズのようなうにょうにょ動く謎の糸がびっしりとひしめきあっているのをよく見かけます。いわゆる飛蚊症というやつです。光る玉が素早く移動するのも見えるので、眼球内の血液の動きも見えているかもしれません。まあこれらについては特にまぶしくも感じませんし、全く気にならないので別にいいのですが…]
閑話休題。ここで賢治は友人に向かって、「友よいざ射て」と語ります。「射て」は多分「うて」と読むのだと思います。ここでの「友」は賢治の現実の親友なのか、その場合その友はその場にいるのかそれとも離れた場所にいるのか、などなど気になるところではありますが、そこら辺についてはここではこれ以上深掘りしません。私はこの部分の記述を上でも紹介した Hagelkanone 「ヘイルキャノン」のことだと思っているのですが、間違っているかもしれません。ただ当時賢治は農業教育にも深く関わっていましたから、西洋での雹害対策の一貫としてのヘイルキャノンについても、知識としては既に知っていたとしてもおかしくはないと思います。クラウドシーディングの技術はこの時代にはまだ一般化しておらず、西洋でヘイルキャノンが最も使用されていた時期と時代的にも重なりますので、やっぱりヘイルキャノンのことだと思います。実際に音を発する実験をしたかは不明ですが、ひょっとすると書物や友人の手紙などから得た知識を、せめて詩作の中でだけでも実行できないものかと模索してできたのがこの詩だったりするのかも…などという想像をかき立てられる今日この頃です。
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