雹(ひょう)と霰(あられ)
雹(ひょう)・霰(あられ)の基本
Hagel (m. -s/ ) 「雹(ひょう)」は固体の状態で降る降水の一種です。活発な対流雲の中で、強い上昇気流 Aufwind (-es(-s)/-e) によって雲粒(Wolkentropfen (m. -s/-) もしくは Wolkentröpfchen (n -s/-))とともに大量の水蒸気 Wasserdampf (m. -es(-s)/-dämpfe) が下層から高空へと供給され、そこで氷晶 Eiskristall (m. -s/-e) を作るもととなる微粒子と、過冷却水滴 (unterkühlter Wassertropfen もしくは unterkühltes Wassertröpfchen) が、水蒸気の中で共存する状態が生じます。この微粒子は、氷晶を作る核 Nukleus (m. -/Nuklei) として作用し、これに水蒸気が凝華 Deposition (f. -/-en) することによって氷の粒へと成長を始めますが、そこへ大量の過冷却水滴がぶつかって凍結と融解を繰り返すうちに徐々に大きく重くなり、下降を始めるとさらに他の粒ともくっつくなどしながら成長し、最終的に雹(ひょう)の粒 Hagelkorn (n. -(e)s/-körner) の形で地面に落下します。 Superzelle (f. -/-n) 「スーパーセル」や Multizelle (f. -/-n) 「マルチセル」など、背が高くて激しい上昇気流をともなう組織化された積乱雲の中で発生することが多く、直径の大きなものは時に大きな被害をもたらします。
他に Graupel (f. -/-n)「霰(あられ)」という語もあります。専門用語としての Hagel 「雹(ひょう)」が直径 5mm かそれ以上のものを指すのに対し、Graupel 「霰(あられ)」はそれより小さいものを指します。どちらも驟雨性の降水ですが、「雹(ひょう)」が主に暖候期に降るのに対し、それより小さな「霰(あられ)」は冬季に降ることも多いです。
[余談ですが、日本語でも「雹(ひょう)」は夏の季語、「霰(あられ)」は冬の季語です。]
Graupel 「霰(あられ)」は、専門用語としてはさらに Reifgraupel (日本語の術語では「雪霰(ゆきあられ)」に相当)と Frostgraupel (同じく「氷霰(こおりあられ)」に相当)に大別されます。このうち Reifgraupel 「雪霰(ゆきあられ)」は、氷晶 Eiskristall や雪の結晶 Schneekristall 、雪片 Schneeflocke (f. -/-n) などの核となる粒子の表面に大量の雲粒(過冷却水滴)が衝突・凍結しながら成長したものです。衝突による凍結はランダムかつ急激に起こるため、表面は雪のようなきれいな結晶構造にはならず、見た目も不透明でざらざらした感じです。凍結の際に空気(気泡)を多く取り込むため密度もやや低く、つぶれやすいという特徴を持ちます。積もった外見は雪とやや似ています。
他方の Frostgraupel 「氷霰(こおりあられ)」は、表面が一旦融解した後に再び凍結して固くなったもので、融解の際に空気が抜けるため、再凍結した際には表面の層は透明になり、密度も高くなっているため簡単にはつぶれなくなります。ここにさらに過冷却水滴や他の霰(あられ)の粒などが衝突、凍結して凝集し、直径が 5mm 以上になったものが雹(ひょう)」です。つまり「氷霰(こおりあられ)」は「雹(ひょう)」が成長する途中の段階という見方もできます。
生成過程
雹(ひょう)や霰(あられ)は中央部付近に様々な形の粒を持っており、この粒を中心として層状の構造をなしています。この粒は、多くの文献では Hagelembryo (m. もしくは n. 単数属格は -s もしくは無語尾/複数主格は -embryos もしくは -embryonen) 「雹(ひょう)のエンブリオ」と呼ばれています。形状は成長途中の霰(あられ)の粒だったり、凍結水滴だったりと様々です。中にある霰(あられ)の粒はしばしば円錐形をしていますが、霰(あられ)以外にも紡錘形だったり不定形だったり、場合によっては気泡を多く含み液体の状態を保ったままのスポンジ状だったりと、中心付近にある「雹(ひょう)のエンブリオ」の形状は実に様々です。
しかし、この「雹(ひょう)のエンブリオ」も、元をただせば目に見えないくらい微細な「氷晶核」Kristallisationskeim (m. -(e)s/-e) もしくは Kristallisationskern (m. -(e)s/-e) から成長してできたものです。
ということは、一つの雹(ひょう)の粒ができるまでには、まずは核となる微粒子があり、それをもとに微細な氷晶やその破片などが出来て、それが水蒸気の凝華によって小さな氷の粒や霰(あられ)へと成長し、そこへ上昇気流に乗って供給される大量の過冷却水滴(雲粒)がぶつかって凍結し、あるいは他の粒と衝突してくっついたりを繰り返すことによって、さらに雹粒(ひょうりゅう) Hagelkörner へと成長する、というように、雹(ひょう)の成長過程には複数の異なるプロセスが関与しうることになります。
この成長の最初の出発点となる、目に見えないほど微細な氷晶 Eiskristall がどのようにして形成されるのかについては、一般的に「非均質核生成」 heterogene Keimbildung (f. -/-en) と「均質核生成」 homogene Keimbildung の2つが区別されています(日本語では後半部は「核形成」となっていることもあります)。非均質核生成というのは、微細な塵埃や煤煙、海塩などの、いわゆる「エアロゾル」 Aerosol (n. -s/-e) を中心にして、水蒸気の凝華 Deposition (f. -/-en) 、雲粒の凍結などの相変化が起こり、氷晶が形成されることをいいます。それに対して均質核生成というのは、そのような微粒子の助けを借りずに、過冷却の水滴自体が十分に低い気温において自然に相変化を起こして(凍結して)氷晶になることをいいます。実際の雪や雹(ひょう)の成長においては、 0℃ より下であればあまり低くない気温でも起こりうる不均質核生成を出発点とする場合の方が多いとのことです。
[余談その2:ドイツ語の Aerosol の発音は「アエロゾール」です(「ゾ」にアクセント)。日本語の「エアロゾル」はもちろん外来語です。発音は英語に近いものですが、後半部が「ソル」ではなく「ゾル」になっているのは、多分ドイツ語由来の化学用語「ゾル」「ゲル」が既に定着していることから、そちらに合わせたものではないでしょうか。なお、日本のマスコミや気象庁は「エーロゾル」という表記を採用しているところが多いようです。]
均質であれ不均質であれ、一旦雲の中で核生成が起き、氷晶と過冷却水滴が混在する状態になると、水蒸気は水滴ではなく氷晶の方へと吸いよせられるように凝華していき、氷晶は成長を始めます。これは氷晶の表面の飽和水蒸気圧が水滴の表面のそれよりもほんのわずかですが小さい(低い)ことによります。
[余談その3:氷晶と過冷却水滴の表面の飽和水蒸気圧の差についてですが、日本語の文献では「高い・低い」だけではなく、「大きい・小さい」という形容詞を使って表現されることも多いようです。どちらを使っても意味に違いはないと思います(多分)…詳しい形成過程については「飽和水蒸気圧」「氷晶」「過冷却水滴」などのワードでいろいろ検索して調べてみてください。]
氷晶は水蒸気を取り込んで成長していきますが、まわりの水滴は、減った分の水蒸気を補うために逆に蒸発してしまいます。核となる氷晶を中心にして、そのまま水蒸気の凝華が進めば、雪の結晶ができることになります。落下して、途中で融けて水になったものが「雨」(いわゆる「冷たい雨」)です。日本など中緯度地帯で降る雨はほとんどが「冷たい雨」なのだそうです。それに対して熱帯地方などでは、この氷晶の過程を経ずに雲粒がそのまま成長して雨が降ることもあり、そのような雨は「暖かい雨」と呼ばれています。
[余談その4:日本語では、以前は液体の状態を経ずに起こる相変化、つまり固体から気体へと起こる相変化と、気体から固体へと起こる相変化の両方を「昇華」と呼んでいましたが、最近では「昇華」を前者の意味のみに限定し、後者の相変化を「凝華」と呼んで区別することも多くなったようです。(もちろん従来の意味で「昇華」を使うことは現在でも可能です。曖昧さを招かないよう使用には注意が必要ですが…)ドイツ語も事情は同様なようで、 Sublimation は固体→気体の相変化と気体→固体の相変化の双方を表すことができますが、後者の意味のみに限定したい場合は Deposition もしくは Desublimation を使用します(すべて f. -/-en )。なお、英語も発音は違いますが単数形の綴りは同じです。]
雹(ひょう)や霰(あられ)の場合、途中まで成長した粒は積乱雲の強い上昇気流に巻き込まれて上空にとどまり続けます。この時、この粒に対して過冷却の水滴(雲粒)が一度に大量にぶつかると、それらは空気の泡を取り込んだまま凍結して不透明な層ができます(trockenes Wachstum (n. -s/ ) 英:dry growth 「乾燥成長」)。この過程を「ライミング(英: riming)」といいます。それに対して、雲粒が衝突する際、潜熱 latente Wärme (f. -/-n) の放出により表面の凍結が若干遅れて湿った状態になることもあり、その際には気泡が抜けたり、他の粒とくっついたりすることもあります(nasses Wachstum, 英:wet growth 「湿潤成長」)。これらの過程を繰り返しながら雹粒は成長し、最終的にいろんな形の氷の玉として地上へ降り注ぐことになります。
雹(ひょう)や霰(あられ)の粒を作り出す対流雲の構造はそれぞれ異なっており、ゆえに氷の粒が最終的に地面に落下するまでにたどるプロセスにも様々なバラエティが考えられます。現在、最先端の観測機器を用いて、様々なタイプの積乱雲の内部構造についての研究が進められており、雹(ひょう)や霰(あられ)の生成過程についても多くの新たな知見が得られつつあるところです。
「エンブリオ」
ところで、上で触れた雹(ひょう)の中心付近に見られる粒、いわゆる「雹(ひょう)のエンブリオ」ですが、この「エンブリオ」は、生物学では「胚」と呼ばれるものに相当する単語です。(ドイツ語でも「氷晶核」 Kristallisationskeim の後半にある Keim (m. -(e)s/-e) は、「胚」「胚芽」「胎児」を意味する生物学用語でもあります。)日本語の気象学の文献では、少なくとも雹(ひょう)や霰(あられ)に関わる文脈では、上で見たような意味で「エンブリオ」を使用している例が少なくないのですが、アメリカ気象学会 American Meteorological Society (AMS) の気象用語集 Glossary of Meteorology のページで embryo の項目を引くと、雹(ひょう)や霰(あられ)についての言及はなく、以下のような定義が付されています。
embryo
An incipient nucleus of many molecular dimensions for the initiation of one phase in another, as ice in supercooled water.
Copyright 2025 American Meteorological Society (AMS),
Glossary of Meteorology, embryo
URL : https://glossary.ametsoc.org/wiki/Embryo (accessed on 15th Jan. 2025.)
この定義によれば、気象学用語としての英語の embryo は、凝結や凝華などの、いわゆる相変化を引き起こす最初のきっかけとなる (incipient) 凝結核や凝華核のことを指すものであり、雹の中心付近に見られる霰(あられ)などの粒を意味するものではありません。
そこで今度はドイツ気象局のホームページで Embryo をサイト内検索してみたのですが、ドイツ語では気象学用語としての Embryo 単体での使用例は見当たらず、主に Hagelembryo のように最初に Hagel- を付加した形で使用されていました。その場合の意味は、語形からも明白な通り、雹(ひょう)を輪切りにした時に中心付近に見られる粒状の構造物のことです。
こうなると日本語でも相変化の出発点となる「核」の意味で「エンブリオ」を使用している例を探してみたくなります。で、探してみたら意外と近くにありました。小倉義光著『一般気象学』です。手許には初版(東京大学出版会、1984年)と第二版(同、1999年)があるのですが、その中の氷晶の生成過程について述べたくだりに氷晶の芽 (embryo) ともいうべきもの
という表現がありました(「4.5.氷晶の生成と氷晶核」の節の上から3〜4行目。初版では
p.94、第二版では p.92)。ここでの「氷晶の芽 (embryo)
」は、過飽和状態の水蒸気の中に生成される氷の結晶のことを指して使われています。
さらに遡ると、日本気象学会の機関誌『天気』の1969年16巻第2号にも「“氷晶核”という術語について〔入門講座(2)〕」という記事がありました。リンクから全文が読めます。2ページに満たない短文ですが、入門講座といいつつ内容はちょっと難解かもです…エンブリオについては最後の方にちょっとだけ記述があります。ここでも相転移のきっかけとなる「核」と関係した意味で使われています。
上で引用した例はすべて英語の綴り字での用例ですが、いずれも水蒸気が相転移を起こすきっかけとなる「核」にかかわる意味で用いられており、雹(ひょう)の中央部分の粒のことではありません。雹(ひょう)の中央付近にある霰(あられ)などの粒を「エンブリオ」と呼ぶのは、もしかしたら植物の種の中にある「胚芽」と形状が似ているせいかもしれません。植物の種の中にある「胚芽」は、種の中心から離れた端の方にあり、植物の種類にもよりますが形状的にもやや似ています。
ただ、それでもやはり、カタカナで「エンブリオ」と表記する場合、特に単体で使用する際には、その定義をはっきりさせた上で慎重に使う必要があると思います。雹(ひょう)や霰(あられ)の形成過程について議論する文脈で使う場合はなおさらです。ドイツ語の Hagelembryo のように、雹の中心にある粒のみを表す専門用語が日本語にもあればいいのですが…
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