雹、霰にちなむ語彙、表現


雹や霰の降下を表す動詞

降雹を表す動詞は hageln です。文字通り「雹(ひょう)が降る」という意味です。非人称的に Es hagelt. などのように使われます。「(物が雹のように大量に)降り注ぐ」という派生義でも使えますが、そちらでは物を主語として人称的にも使えるようです。


日本語でも、同じではありませんが似たような意味の慣用句「雨あられと降り注ぐ」という言葉があります。ただこちらでは「霰(あられ)」が用いられており、「雹(ひょう)」を使った慣用句は見当たりません。日本語では「霰(あられ)」は記紀万葉の時代から存在する由緒ある単語なのに対し、「雹(ひょう)」は日本語としては比較的最近用いられるようになった新しい語のようです(後述)。


「霰(あられ)が降る」ことを表すドイツ語の動詞は graupeln です。こちらもやはり非人称的に Es graupelt. のように使われます。


verhageln は「雹(ひょう)で台無しになる(台無しにする)」の意味です。しばしば完了形で Die Ernte ist verhagelt. 「収獲が雹(ひょう)で台無しになった」などのように使われます。 verregnen (完了分詞: verregnet )が「雨で台無しになる」という意味なのと同様です。


雹(ひょう)・霰(あられ)の粒

雹(ひょう)の粒は Hagelkorn (n. -(e)s/-körner) です。他に Schloße (f. -/-n) もしくは Hagelschloße という単語もあり、「雹(ひょう)の粒」を意味しますが、気象予報文では使われません。霰(あられ)のような小さな粒にも使わないようです。(発音は「シュローセ」のように母音をちょっと伸ばします。)辞書の記述によるとこれは中部ドイツの方言で、英語の sleet とも語源が共通しているようです。なお sleet は、アメリカ英語では雨粒が冷たい気層の中を落下するうちに凍った、いわゆる「凍雨」を意味するのに対し、イギリス英語では霙(みぞれ)を表すのだそうです。


霰(あられ)の粒は Graupelkorn(-körner) といいます。


他に Eiskorn(-körner) という語もあるのですが、これは気象用語としては雨粒が冷たい気層の中を落ちるうちに凍結した、いわゆる「凍雨」 Eisregen の粒を指します。見た目は小粒で霰と区別が難しいこともありますが、通常は中央に粒がなく全体が凍りついていて、透明であることや、非驟雨性であることなどから雹(ひょう)や霰(あられ)とは区別されます。


雹(ひょう)・霰(あられ)に関わる気象現象

雹(ひょう)に関わる気象現象としてはまずは Hagelwetter (n. -s/-) という語があげられます。全体で「雹(ひょう)を伴う荒れた天気」くらいの意味です。 Hagelsturm (m. -(e)s/-stürme) は文字通り「雹(ひょう)の嵐」、 Hagelschauer (m. -s/-) は「驟雨性の降雹」です。雹(ひょう)自体が局地的に短時間降る現象ですので、まとまって降る雹(ひょう)は全て驟雨性と言えます。 Hagelbö (f. -/en) もしくは Hagelböe (f. -/-n) は「雹(ひょう)に伴う突風」です。雹(ひょう)はスーパーセルやマルチセルなど背の高い、活発な積乱雲の中で成長しますので、降雹の際には激しい突風を伴うことがしばしばあります。


比喩としての Hagel

「雹の粒」を意味する Hagelkorn (n. -(e)s/-körner) には、文字通りの意味の他に、まぶた Augenlid (n. -es(-s)/-er) に出来る小さな良性のできものの意味もあります。日本語ではこのできもののことを「霰粒腫(さんりゅうしゅ)」と言うそうですが、ドイツ語と異なり、「雹(ひょう)」ではなく「霰(あられ)」の字が用いられている点が興味深いです。より大きくて腫れのひどい「ものもらい」はドイツ語では Gerstenkorn (n. -es(-s)/-er) といいますが、これは本来は「大麦」 Gerste (f. -/-n) の粒のことです。医学用語としては日本語でも「麦粒腫(ばくりゅうしゅ)」と呼ばれています。


変わったところでは他にも Hagelschnur (f. -/-schnüre) という言葉があります。 Schnur は「ひも」という意味なので、直訳すると「雹(ひょう)のひも」となりますが、これで意味が分かる人はかなり勘が鋭い人でしょう。(私はどうしてこういう表現になるのか、意味を知った上でも未だによく分かってません…)


これは鶏卵など鳥類の卵の中で黄身を固定するひも状の組織、すなわち「カラザ」のことです。なんで「雹(ひょう)の紐」?と、思わなくもありませんが、カラザの白くてぐじゅぐじゅした感じは、確かに大量の雹が地面に降り積もって凝集している光景と似ていなくもありません。でももっと似たものは他にもあったでしょうに、なんで雹なの、とはやっぱり思います…


ところで、この「カラザ」という日本語ですが、実は外来語です。日本語として馴染み過ぎて、もはや外来語という意識すらあいまいになっていますが、古典ギリシャ語 χάλαζα (f.) 「雹(ひょう)」にまで遡る由緒正しい西洋語です。発音は khalaza で、最初の子音は k の後に息の音が入ります。英語での「カラザ」は chalaza といいます(発音は /kəˈleɪzə/ カレィザ)。なお、日本語の「カラザ」の語源をラテン語の chalaza だとしている文献やサイトもありますが、普通のラテン語辞書を引いてもそのような単語には出会えません。英語の辞書を引くと、確かに chalaza の複数形には通常の chalazas に加えて chalazae というラテン語の複数形も併記されていますので、専門用語としては確かにラテン語形も存在しているのでしょうが、これを語源と言ってしまっていいものなのかどうかはいまいち確信が持てませんです…より古い古典ギリシャ語に既に存在していた単語なわけですし、素直にギリシャ語由来と言った方が正確だと思うのですが…(もともと ch- という綴り字自体、ラテン語ではしばしば外来音(例えば古典ギリシャ語の χ のように気息音を伴う k の音(kh))を表記する時に用いられるものです。)


なお、上であげたドイツ語 Hagelschnur 「まぶたにできる小さなできもの(霰粒腫)」のことを英語の専門用語では chalazion というのだそうですが、これも古典ギリシャ語で「小さな雹(ひょう)」を意味する χαλάζιον (n.) に由来しています。つまり英語では元のギリシャ語の単語を英語のアルファベットに置き換えてそのまま取り入れているのに対し、ドイツ語では翻訳借用によって自国語要素に置き換えてから使用していることになります。


余談:日本語の「雹」

その1:上で、「霰(あられ)」は記紀万葉の時代にまで遡る古くからある日本語なのに対し、「雹(ひょう)」は比較的最近の語だと書きましたが、この「雹」という漢字、実は日本語での読みである「ひょう」の由来が完全にははっきりしていないのだそうです。辞書で「雹」を引くと、音読みとしては「ハク」「ホク」などいろいろな音が列挙されていますが、訓読みの欄は空白か、もしくは「ひょう」そのものを訓読みとして記述している辞書もあります。「ひょう」の由来については「氷」または「氷雨(ひょうう)」に由来するものとする説や、「包」の音に由来するという説、その他様々な説があるようですが、決め手がありません。「氷」または「氷雨」の読みに由来しているとすれば、本来は音読みだったものを訓読みに転用していることになりますが、そういう例としては他にも「梅」の訓読み「うめ」や「馬」の訓読み「うま」などがあります。ただ、雹(ひょう)についても同様にとらえていいのかどうかについては、いまいち確信が持てません…ちなみに「氷雨」は、「ひさめ」と読めば万葉集などにも登場する古くからの日本語になります。意味は「雹(ひょう)」や「霰(あられ)」などが降り注ぐことです。


その2:漢字の「雹」ですが、あめかんむり+「包」として覚えている人が少なくないと思います。しかし、よくよく見ると、この漢字の下部は「己」ではなく「巳」になっています。これについてはフォントごとの違いはほぼなく、どのフォントでも下部は「巳」の形になっているようです。

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