Synoptik 「総観気象(学)」


Synoptik (f. -/ 発音:ジュノプティーク、「ノ」にアクセント) という語があります。


語源はギリシャ語の名詞 σύνοψις (f. 発音:シュノプシス「共に (σύν) 観ること (οψις) 」) もしくは形容詞 συνοπτικός (発音:シュノプティコス「共に観ている」「全体を総括的に観ている」) などに由来し、語尾をドイツ語で学問分野を表す -ik という形にしたものです。日本語では「総観気象」もしくは「総観気象学」と呼ばれており、高気圧や低気圧、前線など、広範囲の天気図を作成することによって初めてその全体像が捉えられる規模(総観規模)の現象を扱う気象学の一分野です。学問名称としては、形容詞形を使った synoptische Meteorologie (f.) (字義:総観的な気象学)や、 Synoptikkunde (f.) (字義:総観気象の学問)という呼び方がされることもあります。


元来、気象観測で得られる気温や気圧などのデータはその地点のみの点的なものであり、雲の目視観測も、どんなに条件が良くてもせいぜい半径十数キロ程度の円内をとらえられる程度ですが、ある程度離れた複数の観測地点から同時に観測して、そのデータを突き合わせれば、より広範囲の現象を捉えることも可能になります。


昔は種々の気象要素の観測技術も未発達で、衛星画像はおろかレーダー観測技術すらなく、嵐は単にその土地土地の悪天現象としてしかとらえられていませんでした。地方ごとの天候や気候に対応していくために、長い年月をかけてその土地の住民が自分たちの経験則をまとめ上げたのが、「ことわざ」、いわゆる「天気俚諺(てんきりげん)」と呼ばれるものです。日本にも多くの天気にまつわることわざがありますが、ドイツにも Bauernregel (f. -/-n) 「農事金言」(字義:農夫の法則)というものがあり、その中でも、天候にまつわるもののうちのいくつかについては、統計的にも当たる確率が(若干ではありますが)高いことが分かっています。(詳細についてはドイツ気象局の気象語彙集 Wetterlexikon の Bauernregeln の項目の解説を参照のこと。)


しかし近代になり、気圧という概念が発見され気圧計がヨーロッパ各地で用いられるようになると、各地の観測所及び船舶からの観測報告を地図上にプロットすることによって、悪天現象が、実際には移動する広範囲の低圧部であることがやっと知られるようになってきました。そのため、ある程度の間隔で設置された観測所で毎日同じ時刻に観測をし、その結果を一つの図にまとめ、それを時系列順に見比べることによって、天気の変化や今後の悪天の推移を知ることができるのではないか、という考えが芽生えてきました。高精度の遠隔観測技術もなく、観測地点の密度にもムラがあり、予報技術も未発達だった時代には、天気図による総観解析こそが予報業務の主役だった、と言っても過言ではありません。その後、レーダーデータや衛星観測データが充実し、数値予報技術が発達した現在であっても、天気図解析はなくてはならない予報作業の一部です。(総観気象学の歴史については、日本気象学会の雑誌「天気」1986年11月号の股野宏志氏の記事「総観気象学への招待」に分かりやすくまとめられていましたので、そちらも参照してみてください。)


以下はドイツ気象局の気象語彙集 Wetterlexikon での Synoptik の解説です。少々長いですが全文を引用してみます。


Synoptik (griechisch: synopsis = Übersicht, Überblick) ist ein Teilgebiet der Meteorologie, das in einer großräumigen Zusammenschau die Wetterzustände in ihrer räumlichen Verteilung und zeitlichen Änderung für einen gegebenen Zeitpunkt untersucht (Analyse oder Wetterlage). Sie stellt sozusagen den "Anfangszustand" für eine daraus folgende Wetterentwicklung dar, welche anhand numerischer Modelle berechnet werden kann. Die Ergebnisse der Modellberechnungen können dann in interpretierter Form als Wettervorhersage weiterverarbeitet werden (Prognose oder Wetterbericht).
総観気象 Synoptik [ギリシャ語 synopsis = 概観すること、全体を見通すこと]とは、広範囲を総合的に観ることによって、気象の状態を、ある一時点における空間的分布及び時間的変化として研究する気象学の一分野である[分析もしくは気象状況]。総観気象が提示するのは、(数値予報モデルを使うことによって計算が可能になる)その後の気象変化のもととなる、いわゆる「初期状態」である。数値予報モデルの計算結果は、そこから天気予報として理解できる形式へとさらに加工される[予測もしくは気象通報]。
ドイツ気象局 Wetterlexikon の Synoptik (f.) 「総観気象」の解説


いろいろと情報量が多いのですが、まず、最初のカッコの中のギリシャ語の語義説明 (Übersicht, Überblick) は、えいやっと意訳しました。 Übersicht (f. -/-en) は「上から全体を視界におさめていること」「洞察力」、 Überblick (m. -(e)s/-e) は「上から全体に視線を向けて見通していること」ですが、どちらにも「概観」的な意味があり、実質的に同義に近いため、この文脈で両者を適切に訳し分けるのはネイティヴでもない私にはぶっちゃけ無理です…あと、2つ目と3つ目のカッコの中の、 oder 「もしくは」でつながれているそれぞれ前半部分 (Analyse (f. -/-n) / Prognose (f. -/-n)) は、予報の際に行われる作業(「分析」 / 「予測」)で、後半部分 (Wetterlage (f. -/-n) / Wetterbericht (m. -(e)s/-e)) は、その作業によって作られる予報プロダクト(「気象状況」 / 「気象通報」)を指しているのではないかと思われます。なお、ここでの Analyse (f.) 「分析」の対象となるのは、上の文にもあるように、予測演算の起点となる大気の初期状態です。いわゆる「客観解析」と呼ばれるものに相当します。また Wetterlage (f.) 「気象状況」は、気象を1日程度の区切りで、高低気圧の位置関係や気流の状況などをたよりに分類したもので、日本で言うところのいわゆる「気圧配置」をさらに精緻化したような感じです。数日かそれ以上の長期にわたる気象状況については、 Großwetterlage (f.) 「広域気象状況」「氾天候」として分析されます。


ここで重要なのは、広域を総観することによる「観察」だけではなく、大気の状態を時間的分布、空間的変化という側面から「解析」し、さらには数値予報モデルが算出した計算結果を一般にも分かりやすい形に加工して提示する「通報」まで含んでいることです。数値予報が実用化され予報の主役に躍り出た感のある現代にあっても、その役割は依然として重要であることがここで明記されているとみることもできるかもしれません。

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