前線・収束域


様々な「前線」

Front (f. -/-en) 「前線」とは、性質が異なる気団 Luftmasse (f. -/-n) 同士の間に形成される境界 Luftmassengrenze (f. -/-n) のことです。ただし境界といっても、実際には両気団の境目には風船の薄膜のような仕切りがあるわけではもちろんなく、3次元的に見ると、気団同士の間にはある程度の厚さを持つ Frontalzone (f. -/-n) 「前線帯」(もしくは「転移層」とも)とでもいうべきものが存在しています。その層の内部では気温や湿度、密度などの性質が一方から他方へと行くにつれて気団内部よりも大きく変化しており、その前線帯が地上と接するあたりが前線とみなされます。


(前線解析には日射による温度変化の影響を受けにくい 850hPa 面が主に用いられます。例えば寒冷前線の場合、まずは等温線などの密集している遷移域の暖気側の縁に前線のあたりを付けます。前線付近では風向・風速が急変しており、等圧線も大きくカーブしていることが多いため、地上天気図ではそれらも考慮して線が引かれることになります。)


成因に応じて Warmfront 「温暖前線」、 Kaltfront 「寒冷前線」、 Okklusion (f. -/-en) 「閉塞」「閉塞前線」、 stationäre Front 「停滞前線」などのように呼び分けられます。地上面との交線であることを明示する際には Bodenfront 「地上前線」という言い方がされることもありますが、中には地上では目立たず上空でのみ解析される前線もあり、そのような場合には、例えば Höhenkaltfront 「高層寒冷前線」や Höhenwarmfront 「高層温暖前線」などのように呼ばれることもあります。


前線の移動

暖かい気団が冷たい気団の上に乗り上げる( auf|gleiten 「滑昇する」)と、地上天気図では両気団の境界域に温暖前線が引かれることになります。逆に冷たい気団が前面の暖かい気団の下にもぐり込む( sichAkk unter etwAkk schieben )と、寒冷前線が引かれます。伝統的な低気圧の発達モデルでは、寒冷前線は温暖前線よりも移動速度が速く、追いついた部分は閉塞前線になります。


前線そのものの移動については、 wandern 「移動する」が使われることがありますが、これは停滞前線の「停滞」と対立する概念です。 ziehen 「移動する」(名詞形: Zug (m. -es(-s)/Züge)「移動」)や、 durch|ziehen 「通過する」(名詞形: Durchzug (m. -es(-s)/-züge) 「通過」) 、 sichAkk verlagern 「移動する」など、低気圧と同様の表現が用いられることも多いです。 passieren 「通過する」などの外来語が用いられることもあります(名詞形: Passage (f. -/-n) 「通過」)。


Teiltief と Randtief

寒冷前線が温暖前線に追い付くと、低気圧本体とそれらの前線との間にいわゆる閉塞前線が出来ますが、その閉塞点付近に、もとの低気圧からは独立した新たな低気圧が発生することがあり、 Teiltief (n. -s/-s) と呼ばれているようです。ただこれは用語集には存在するものの、どちらかというと専門用語で、普通に気象概況文や予報文、気象ブログなどを読んでいる限りではあまりお目にかかることのない単語です。もとの低気圧から分離したとみなされるタイミングで元の低気圧の名称にローマ数字の II や III を付加した名称が与えられることになります。


一方、中心の低気圧から長く伸びた寒冷前線などが波打ち、そこに閉じた等圧線を持つ低圧部が生じることがあります。低気圧本体からは離れた縁辺部に生じるということで Randtief (n. -s/-s) ( Rand (m. -(e)s/-Ränder) は「縁」「周辺」の意)と呼ばれることがあります。


TeiltiefRandtief についてはドイツ気象局の気象ブログ Thema des Tages の2017年4月12日の記事 Von Randtiefs und Teiltiefs で簡単な解説が読めるようになっています。実例として載せられている地上天気図の TeiltiefRandtief のラベルのすぐそばの前線上に、低気圧を表す大文字の T がごく小さく印字されているのが分かると思います。


Tiefausläufer

一方、 Tiefausläufer (m. -s/-) という語もありますが、これも性質の異なる気団の境目、すなわち前線のことを総称して用いられているようです。 Ausläufer (m.) は「末端」「末裔」「周辺部」を表す単語ですが、他にも苺などが繁殖のために伸ばす「匍匐茎」のこともこう呼ばれています。温帯低気圧は、特に温暖前線や寒冷前線のある部分の等圧線が外側(高気圧側)に突き出たようになっていることが多いため、その部分を指して用いられているようです。低気圧と関連して用いられることが多い語ですが、高気圧がじわじわと勢力を広げて来た場合などには、高気圧の Ausläufer について語られることもあります。 Tiefausläufer 自体は気象の分野では専門用語とまでは言えませんが、低気圧本体に先行して雨域や曇天域がかかるような場合には、しばしば解説文にもこの語が登場します。


Polarfront 「寒帯前線」

これらとは別に、というか、より大局的な観点から、中緯度域から高緯度域にかけてしばしば温帯低気圧や前線が発生・移動していく領域のことを指して Polarfront (f.) 「寒帯前線」という言葉が使われることがあります。


大気は子午線方向に縦に輪切りにしたものを横から見ると、赤道域から極域にかけて大きく3つの循環に分かれています。一つは熱帯域で上昇して亜熱帯域で下降する循環、もう一つは極地方で下降して、少し南で上昇する循環、さらにその間にある循環の3つです。低緯度域の循環(ハドレー循環)と極域から高緯度域にかけての循環(極循環)は、気温が相対的に高い地域で空気が上昇し、相対的に低い地域で下降する直接循環なのですが、間の循環(フェレル循環)は、相対的に気温が高い亜熱帯域で逆に空気が下降し、相対的に気温が低い中〜高緯度域で空気が上昇する間接循環(両側の直接循環によって間接的に引き起こされる、見かけ上の循環)です。このフェレル循環と極循環との境界領域が Polarfront 「寒帯前線」に相当すると考えれば分かりやすいと思います。この領域の上空にはしばしば顕著なジェット気流が見られ、北からの冷たい空気と南からの温かい空気がぶつかり合って発生した前線・温帯低気圧は、このジェット気流によって西から東へと次々に移動します。


これに対して、熱帯域で生じる大規模な収束帯は、後述するように innertropische Konvergenzzone (f.) 「熱帯収束帯」と呼ばれています。性質の異なる気団の間で形成される寒帯前線とは異なり、熱帯収束帯は、少なくとも模式図的には北側の北東貿易風と南側の南東貿易風との間で発生するため、通常「前線」とは呼ばず、「収束」帯という扱いになっているようです。


収束・発散

前線は性質の異なる気団同士のぶつかり合いによって発生するものですが、同じ気団内でも気流がぶつかり合う、もしくは移動方向がお互いに近づくことも当然ながらあります。あるいは風向は同じでも、前方へいくほど風速にブレーキがかかることによって結果的に気流がぶつかっているのと同じような状態に陥ることもあります。このような(特に水平方向での)気流の接近、ぶつかり合いは「収束」 Konvergenz (f. -/-en) と呼ばれます。気流の速度ベクトルが収束している箇所が線状に連なっている場合には、その線は Konvergenzlinie (f. -/-n) 「収束帯」もしくは「収束線」と呼ばれます。同じ気団内の場合、収束帯の両側では温度や湿度などの性質の差は小さいことが多いです。収束域では上昇流が生じ、その上空には Divergenz (f. -/-en) 「発散」域が見られます。逆に地上の発散域の上空には下降気流があり、そのさらに上空には収束域が見られます。


熱帯収束帯

また、熱帯域で北東貿易風と南東貿易風が収束する地域に発生する、地球を取り巻くように分布する広範囲の上昇流域のことを innertropische Konvergenzzone (f.)「熱帯収束帯」と呼び、略称では英語の Inter-Tropical Convergence Zone の頭文字を取って ITCZ とも呼ばれています。これと並んで、英語の正式名称の綴りに近付けた、一文字違いの intertropische Konvergenzzone という語形も存在します。ただネット検索では innertropische 〜 の方がヒット数は多いようです。ドイツ気象局の気象語彙集 Wetterlexikon のページでは、国際標準の英語に合わせたのか intertropische Konvergenzzone を見出し語に採用していますが、ドイツ語版 Wikipedia では、 innertropische Konvergenzzone の方を採用しています( inter- の方で開こうとしても、 inner- のページへとリダイレクトされます)。ドイツ国内でもまだ語形の統一には至っていないようで、両語形が併記されていることも多いです。


英語の正式名称にある inter- は「〜間での」を表すラテン語由来の接頭辞です。南北の両回帰線の間の、という程度の意味を表します。一方のドイツ語に見られる inner- も「〜の内部での」を意味するゲルマン語系の接頭辞です。どちらも子午線方向での気候の分布に着目し、「熱帯域内部に発生する(収束帯)」という程度の意味を表しています。熱帯収束帯は天球上の太陽の位置に合わせるかのように、1年周期で活動範囲を南北に変動させるのですが、それでも対流の活発な領域はおおよそ Tropen (pl.) 「熱帯」域と呼べる枠内に留まるため、その性質に着目した表現と言えるでしょう。


というか、そもそも Tropen (pl.) 「熱帯」の語源となったギリシャ語 τροπή (f.) 自体が "turning" 「曲がること」「向きを変えること」の意味を持っています。これは太陽が Sonnenwende (f. -/-n) 「至点」(夏至と冬至)を通過するたびに天の赤道との距離(角度)が増加から減少へと「転じる」(回帰する)ことに由来する用語です。(それにともない各地点での太陽の正中(南中もしくは北中)高度も一年単位で一方の端から他方の端へと行き帰りを繰り返します。)そのため、むしろ太陽が天頂を通り得る地帯、つまり南北の回帰線 Wendekreis (m. -es/-e) の間の領域のことを Tropen 「熱帯」と名付けた、と考えた方がいいかもしれません。


[余談ですが、このギリシャ語 τροπή (f.) もしくはその同根語 τρόπος (m.) "turning" を語源として持つ語としては、他にも Troposphäre (f. -/ ) 「対流圏」があります。こちらは大気が鉛直方向へと上昇と下降を繰り返しうる領域、という程度の意味を持つ用語です。(言い換えると、気流が上昇から下降へ、下降から上昇へと「転じる」領域、ということです。)このため、「熱帯」と「対流圏」は、西洋語圏においては、どちらも(それぞれ天球上と鉛直方向という違いはありますが、)「移動方向を転じる」という意味のギリシャ語を共通の語源として持っていることになります。]


その熱帯領域「内部」に発生する収束帯、というのが innertropische / intertropische Konvergenzzone (f.)「熱帯収束帯」ということになります。個人的には、ドイツ語独自の inner- で始まる用語の方がどちらかといえば好きかもです(ゲルマン語要素とラテン語要素のちゃんぽんにはなりますが…)。まあもともとラテン語要素をベースにした英語経由の外来語ですので、ドイツ気象局が英語に近い形式の方を正式な見出し語として採用していることも理解できなくはないのですが、できればドイツ語形の方も、いわば方言的バリエーションとして残しておいて欲しいものだと思います。


(「熱帯収束帯」については、内容に一部思い違いによる事実誤認の記載があったため2021年7月20日に大幅に書き換えました。)

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