Wetter 「悪天」「激しい気象」


「悪天」としての Wetter

辞書を引けば分かる通り、 wetter- で始まる複合語は多く、その意味も一般的な「天気」「気象」などが多いのですが、辞書記述をよく見てみると、これらの wetter- を冠した複合語の中には、「悪天」もしくは「激しい気象」と深い関わりを持つものも意外と少なくないことに気付きます。


例えば小学館の『独和大辞典[コンパクト版]』 (1985, 1990) には、 wetterbeständig (adj.) 、 wetterfest (adj.) 「風雨に耐える」(字義:「気象に対して安定した」)、 Wetterdach (n. -(e)s/-dächer) 「(雨よけの)差し掛け屋根、ひさし」(字義:「気象用屋根」)、Wetterecke (f. -/-n) 「天候の悪い地域」(俗語、字義:「気象の片隅」)、 wetterhart (adj.)「多年風雨にさらされてきた」(字義:「気象に対して堅固な」)、 Wetterleuchten (n. -s/ ) 「稲光、稲妻、雷光」(字義:「気象光」。通常は夜間に雷鳴のほとんど聞こえないほど遠くの雷によって地平線近くの雲が明るく光る現象を指す。いわゆる「幕電」。)、 Wetterloch (n. -(e)s/-löcher) 「天候の悪い地域」(俗語、字義:「気象の穴」)、 Wettermantel (m. -s/-mäntel) 「レインコート」(字義:「気象用コート」)、 Wetterschaden (m. -s/-schäden) 「風雨による被害、風水害」(字義:「気象害」)、 Wetterschutz (m. -es/-e) 「防水(防雪、防風)設備」(字義:「気象防御」)、 Wetterseite (f. -/-n) 「(山・建物などの)風雨の影響を最も多く受ける側」(字義:「気象にさらされる側」)、 Wetterwolke (f. -/-n) 「雷雲」「暗雲」(字義:「気象雲」)などの一連の語が掲載されています(カッコの中は筆者による補足)。慣用句としても、 Ein Wetter zieht herauf. 「雷雲が近づいてくる(字義:「気象が近づいてくる」)」、 bei Wind und Wetter 「風雨をついてでも(字義:「風と気象に際して」)」などの用法にその名残りが見られるようです。三修社の『学生版 現代独和辞典』 (1987) にも、 Wetterzone (f. -/-n) 「悪気象地帯」(字義:「気象地帯」)という語が載っています。


他のゲルマン諸語との対応

同じ西ゲルマン語群に属する現代英語にも同じ語根の weather という語がありますが、この語にも悪天と関係した意味「悪天を切り抜ける」「風雨に晒す」の意味があります( weatherproof 「耐候性の」、 weathered 「風雨にさらされた、風化した」など)。古英語 weder 、古高ドイツ語 wetar 、中高ドイツ語 weter 、アイスランド語 veður など他のゲルマン諸語にも同根語はあり、さらにゲルマン諸語の祖形として *wedrą- という語形が再建されていますが、この再建形には「(風が)吹く」(ドイツ語: “wehen” )と関連する意味が推定されているのだそうです。(語源については英語版 Wiktionary の weather 及び Wetter の語源の項目を参考にしました。)


英語の weather とドイツ語の Wetter

なお、悪天と関連した意味を持っている点は英語 weather とドイツ語 Wetter (及びその同根語)では共通しているのですが、英語の weather にはそれに加えて航海用語として「風上へと進む」という意味があり、一方のドイツ語には「雷」との深い関連が見られるなど、両者には多少の相違点もあります。このうち海洋先進国でもあったイギリスの英語で航海に関連した意味が加わるのは、割と分かりやすいかもしれません。帆船は風上へ舳先を向けると風の抵抗により前進が妨げられますし、風上への移動には特殊な航法が必要とされます。つまり、風上への航行とは文字通り風に逆らうこと、すなわち「シビアな天候に身を晒すこと」にほかなりません。


一方、ドイツ語での「雷」の意味との関連について見ると、小学館の『独和大辞典[コンパクト版]』 (1985, 1990) によれば、同語源の Gewitter (n. -s/-) 「雷雨」以外にも、 Wetterleuchten (n. -s/ )「雷光」、 Wetterwolke (f. -/-n) 「雷雲」などがありますし、動詞 wetternwitterngewittern にも「雷」「発雷」と関わる意味が掲載されています。ただ、なぜこのようにドイツ語において特に「雷」の意味との親和性が生じたのかについては、正直今の私にはよく分かりません。両国における雷の発生頻度の違い、発雷を伴う冬の嵐との関係、雷雲に伴ってしばしば発生する (f. -/-en) 「突風」との関係、国民性レベルでの雷への意識の違い、さらには神話や民間伝承など民俗・民族文化との関連などなど、調べてみればいろいろと面白いことが判明しそうな気もするのですが…


雷といえば、作曲家ベートーヴェンは雷鳴轟く春の嵐の中で息を引き取ったと言われています(1827年3月26日、ウィーンにて)。当日が実際に雷を伴う荒天だったことを示す観測記録も残っているらしい、とどこかで聞いた記憶もあるのですが、残念ながらネット検索ではそこまではたどり着けませんでした。もしかしたらウィーンの気象台あたりの、まだ電子化されていない筆記データの中にあるのかもしれません。中部ヨーロッパは大西洋を流れる北大西洋海流のおかげで緯度の割には温暖ですが、それでも南北の気温格差が大きくなる寒候期には、上空で偏西風が卓越し、次々と暴風雪、暴風雨をもたらす低気圧が通過していきます。特に低気圧が去った後には、後面の寒気の吹き出しに伴い、北海からの湿った気流が入り込んで大気が不安定化し、雷を伴ったにわか雪やにわか雨が発生することもあるようです。


ベートーヴェンといえば、交響曲第6番『田園』第4楽章がありますし、他にも J. シュトラウス2世のポルカ『雷鳴と電光』、R. シュトラウスの『アルプス交響曲』など、雷鳴、雷光、雷雨が描写された独墺系の音楽はいくつもあります。ドイツ人やオーストリア人にとって、雷は身近な自然現象の一つであることは間違いないようです。


ところで英語の動詞 weather ですが、新海誠監督のアニメ映画『天気の子』の英題は “Weathering With You” なのだそうです。これなどは、動詞 weather が持つ悪天に関わる含意をうまく利用した面白い命名だと思います。(といいつつ、実は筆者はまだ観ていないのですが…)

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